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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)3276号 判決

原告

木本達己

外二名

右原告ら訴訟代理人

野嶋薫

外二名

原告補助参加人

吉原良輔

原告補助参加人

有限会社グランドホテル山朝

右代表者

吉原良輔

右両名訴訟代理人

保津寛

外三名

被告

鳥取県

右代表者知事

平林鴻三

右訴訟代理人

木崎良平

仁井谷徹

主文

一  被告は原告らそれぞれに対し、各二〇六八万一〇四三円および右各金員に対する昭和五〇年二月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用および参加費用はそれぞれこれを五分し、いずれもその四を被告の負担とし、その余の訴訟費用は原告らの負担とし、その余の参加費用は補助参加人らの負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し各三三三三万三三三三円およびこれらに対する昭和五〇年二月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告木本達己、木本淳士は訴外木本正徳(昭和五〇年二月一四日死亡、以下正徳という)の実子、原告木本和子は右正徳の妻であり、原告らはいずれも右正徳の相続人である。

被告は、鳥取県倉吉市田中三四三番地において、鳥取県立厚生病院(以下厚生病院という)を開設・経営し、同病院勤務の医師らを使用して医療行為を行なつているものである。

2  正徳の死亡

右正徳は、昭和五〇年二月一三日午後七時ころから午後八時ころの間に「とらふぐ」の肝を摂取したことにより、同日午後九時ころから口唇・四肢の麻痺および呼吸・歩行の困難などの症状を呈し始めたため、医師垣田堅二郎の診察を受け、その指示および紹介により同月一四日午前零時ころ前記厚生病院に行き、同病院勤務の内科医師石飛誠一および麻酔科医師福地利門らの診察を受けて帰宅したが、同日午前二時ころ自宅において、テトロドトキシンによる中毒(ふぐ中毒)により死亡した。

3  被告の責任

(一) 債務不履行責任

(1) 医療契約の締結

前記のとおり右正徳は、昭和五〇年二月一四日午前零時ころ、前記厚生病院を訪れ、診断、治療を依頼したものであるが、同病院がこれに応じたことにより、右正徳と同病院との間に医療契約(準委任契約)が結ばれ、同病院としては善良な管理者としての注意義務をもつて右正徳を適切に診断治療すべき義務を負つた。

(2) 前記石飛医師および福地医師は、右正徳および前記垣田医師から右正徳がふぐ中毒の疑いある旨知らされていたことおよびその症状から、同人がふぐ中毒の第Ⅱ度の症状に該当することを認めたものであるところ、このような場合右石飛、福地両医師としては、右正徳を入院させて症状・経過を観察し、適切な時期に右厚生病院に備えてあるレスビレーター(人工呼吸器)を用いて十分な呼吸管理をし同人が死亡することを防止すべき義務があつたのにこれを怠り、ふぐ中毒で死亡するのは食後二時間位の間であり、右正徳については食後五時間以上経過しているので、そのまま放置しても死亡することはないと誤診して同人を帰宅させたため同人を死亡させたのであるから、同人の死亡につき右石飛、福地両医師に過失があつたことは明らかであり、被告には前記医療契約に基づく義務の不履行によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 不法行為責任

右(一)(2)記載の事実によれば、右正徳の診断・治療にあたつて右石飛、福地両医師に不法行為における過失があつたことは明らかであり、両医師の右診断・治療行為は被告の事業の執行につき為した行為といえるから、被告は両医師の使用者として右正徳について生じた損害を賠償する責任がある。(民法七一五条、医療法一〇条、一五条)

4  損害

(一) 右正徳の逸失利益  二億六三四六万九九一〇円

(二) 右正徳の慰籍料  三〇〇〇万円〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因1記載の事実は当事者間に争いがない。

二正徳の死亡

1  〈証拠〉によれば、正徳は、昭和五〇年二月一三日午後七時ころより補助参加人吉原良輔の招待で鳥取県東伯郡三朝町所在グランドホテル山朝においてふぐ料理を御馳走になつていたが、同日午後八時ごろから「とらふぐ」の肝を食べ出したことにより、約三〇分経過した後から口唇や手指等の麻痺を自覚するようになり、やがて同席した右吉原らも手指の麻痺を感じるようになつたため、同日午後一〇時ころ、同県倉吉市岩倉町所在垣田病院におもむいて垣田医師の診断・治療を受けたものの、暫く様子を見ているうちに歩行困難をきたすなどしたため、同医師から厚生病院で治療を受けるよう勧められ厚生病院を訪れたことが認められ、正徳が同医師の紹介により同月一四日午前零時ころ厚生病院に対しふぐ中毒の診断と治療を求めて来院したこと、同病院勤務の内科医石飛誠一および麻酔科医師福地利門が正徳を診察し、福地医師が治療を行つたこと、正徳が帰宅後死亡したことは当事者間に争いがない。なお前掲各証拠によれば正徳の死亡時刻は同日午前二時ころであつたと認められる。

2  正徳の死因

(一)  ふぐ中毒の症状について

〈証拠〉によれば、「とらふぐ」等のふぐ毒の真有効成立はテトロドトキシンであり、人間がこれを摂取した場合、食後三〇分ないし六〇分、遅くとも四時間半位で発症し、早い者で摂取後一時間、遅い者で九時間、多くは四時間以内に呼吸麻痺によつて死の転帰をとるものであり(丙二号証によれば摂取後六時間および七時間で死亡した症例が報告されている。)、摂取後八ないし九時間存命していれば多くの場合救命されうるものであること、ふぐ中毒の程度は通常左の四段階に分けられ、

第Ⅰ度 口唇、口囲、舌端、指頭のしびれ(知覚麻痺)が生じる程度、ときに嘔吐もおこる。

第Ⅱ度 皮膚覚、味覚などの知覚鈍麻がきて、手指、上下肢の運動麻痺もでてくる。ただし腱反射はなお存在する。

第Ⅲ度 運動がまつたく不能、骨骼筋弛緩、発生不能(声帯麻痺)嚥下困難、チアノーゼ、血圧下降をきたすも、意識なお明瞭。

第Ⅳ度 意識混濁、血圧低下著しく、呼吸停止により死亡。ただし、心搏動はなおしばらくは存在する。

順次第Ⅰ度から第Ⅳ度へと進行していくことが認められる。(ふぐ中毒の程度が通常右の四段階に分けられ、順次第Ⅰ度から第Ⅳ度へと進行していくことは大略当事者間に争いがない。)なお、〈甲号証〉中にはふぐ中毒の極期(当該患者が陥るであろう最も重い症状)は摂取後二時間位で来るものであり、摂取後五時間を経過すれば回復にむかう旨の右認定に反する部分があるけれども、これは右各証拠および証人福地利門の証言に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 正徳の症状

〈証拠〉によれば、正徳は、昭和五〇年二月一三日午後八時ころ「とらふぐ」の肝を食べ、その後約三〇分して口唇や手指等の麻痺を自覚するようになり、症状が軽快しないため同日午後一〇時ころ垣田病院で診断・治療を受けたところ、最初は独力でトイレに行くことができ、膝腱反射もほぼ正常であつたものが、一時間位経過するうちに歩行不能になり、膝腱反射が低下したこと、そのため同月一四日午前零時ころ厚生病院に転医して石飛・福地両医師の診断・治療を受けたが、着衣を脱ぐ動作が緩慢であり、水を飲もうとしてなめる程度で止めてしまうなど嚥下困難を思わせる事実があつたほか、血圧も垣田病院において最高一六八、最低八六であつたのが最高一五〇、最低九〇へと変化して低下のきざしを見せたこと、同日午前一時過に厚生病院から帰宅する際すでに多少喘鳴があつたものであるが、帰宅後三〇分位して呼吸困難が増し、言語障害が高度で無声の状態であり、心身の運動が不能となつたこと、そして摂取後約五時間を経過した同日午前二時ころ正徳の呼吸が停止をしたが、その際心搏動が暫く続いていたこと、同人の死後その死体を解剖したところその胃中からテトロドトキシンが検出されたことがそれぞれ認められる。〈証拠判断略〉

(三)  被告は、被告の主張および抗弁1の(二)ないし(四)において、正徳の死因はふぐ中毒によるものではない旨主張するが、右のうち(二)、(三)は、前記「ふぐ中毒の症状」および「正徳の症状」において認定した事実に照らすと、いずれも立論の前提が首肯し得ないものであつて理由がない。(〈証拠〉によれば、正徳に肝臓疾患があつたことは、ふぐ中毒の症状を長引かせる要素となると認められるから、この点でも被告の主張は理由がない。)

次の被告は、正徳の胃の機能が異常であつたことを指摘するけれども、〈証拠〉によれば、固形食物が胃を去る時間は通常三、四時間位であるが、個人差もあり、五時間以上を要する場合もあること、正徳がふぐ料理を食べていた時刻は、同人が最初に垣田病院に電話を掛けて診断・治療を求めたのが昭和五〇年二月一三日午後九時五〇分ころであることや、正徳がふぐ中毒の自覚症状を持つてからなお暫く飲食していたと窺われることを考慮すると、正徳は同日午後九時近くまでふぐ料理を食べていたと推定されること、同人の死亡時刻は右時刻から約五時間を経過した同月一四日午前二時ころであつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして右認定事実に前記のとおり正徳の胃中からテトロドトキシンが検出されたことを併せ考えると(同人はいわば瀕死の病人であつて多少胃の機能も弱つていたと考えられるから)、死体解剖の際同人の胃中に米飯粒等が残留していたことは何ら不自然でなく、同人の胃の機能が異常であつたとは認められない。

(四)  以上のとおり、正徳の症状はふぐ中毒の症状に良く適合しており、同人の胃中からテトロドトキシンが検出されていることおよび他に同人の死因がふぐ中毒ではないと疑わせる事実も存在しないことを考慮すると、同人の死因はテトロドトキシンによる中毒(ふぐ中毒)による呼吸麻痺であると認められる。

三被告の責任

1  債務不履行責任

(一)  医療契約の成立

正徳が垣田医師の紹介により昭和五〇年二月一四日午前零時ころ、厚生病院に対しふぐ中毒の診断・治療を求めて来院したことおよび右求めに応じて同病院勤務の石飛、福地両医師が正徳を診断し、福地医師が治療を行つたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実によれば、正徳と同病院との間に医療契約(準委任契約)が結ばれ、同病院としては善良な管理者としての注意義務をもつて正徳を適切に診断・治療すべき義務を負つたものと認められる。

(二)  ふぐ中毒の治療について

〈証拠〉によれば次の事実が認められ〈る。〉

すなわち、現在ふぐ中毒に対する選択解毒薬なるものは発見されておらず、したがつてその治療は呼吸麻痺に対する呼吸管理と低血圧に対する循環系の管理を主とした対症療法になる。ところで、ふぐ中毒で死亡する例の大多数は呼吸麻痺によるものであり、これはかなり急速に発現するものであつて、通常摂取後四時間以内に発現すること、テトロドトキシンが解毒排泄される時間は普通八時間ないし九時間である。したがつて、テトロドトキシンの解毒排泄時期(通常は摂取後八時間ないし九時間)を経過し、かつ呼吸麻痺がない患者は別として、ふぐ中毒の患者が来院した場合当初いかに軽症であると思われても必ず入院させ、ただちに人工呼吸を行う準備をしたうえで終日厳重な監視を行ない、呼吸障害の発生した患者には気管内挿管してレスピレーターにより調節呼吸を行なう必要がある。また心連動の抑制防止のため、中枢性に血圧上昇をきたす薬剤の使用にも留意すべきである。そして以上のような措置が適切にとられた場合、重傷のふぐ中毒患者であつてもその多くは救命されるものである。

(三)  石飛、福地両医師の過失

〈証拠〉によれば、正徳は、厚生病院来院時においてすでにテトロドトキシン摂取後約四時間を経過していたものであるが、ふぐ中毒の程度としては第Ⅱ度位でさほど重いものではなく、適切な措置を施こすことによつて十分救命し得たものであるから、同人の診断・治療にあたつた石飛、福地両医師としては、右のような正徳の症状を適切に診断して、右(2)で述べたところに沿い同人を入院させて厚生病院備付のレスピレーターを用いて十分な呼吸管理をする等して同人が死亡するのを防止すべき義務があつたと認められる。

〈証拠〉によれば、福地医師は、昭和五〇年二月一四日午前零時三〇分ころ厚生病院において正徳を診察し、同人がふぐ中毒の第Ⅱ度の症状にある旨診断したものであるが(なお乙第九号証の診療録には正徳の傷病名として急性アルコール性胃炎とのみ記載されているけれども、右各証拠によれば、これは診断どおりふぐ中毒と記載した場合には、保健所へ届出ることが必要であるなどの面倒があるので、便宜的に急性アルコール性胃炎と記載したと認められる。)、正徳らの話によれば、正徳はふぐの肝を食べたけれどもそれは右診断時から約五時間以上前の同月一三日午後七時ころであると聞き、通常ふぐ中毒の極期は摂取二時間位であるから、摂取後五時間以上を経過した同人については診断後回復に向う筈であると誤診して帰宅させたこと、石飛医師も福地医師の右措置に迫随したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実に照らせば、正徳の死亡について、福地、石飛両医師に過失があつたことは明らかである。被告が厚生病院を開設、経営していることは当事者間に争いがなく、右各証拠によれば、福地、石飛両医師は同病院に勤務する被告の履行補助者であるから、被告は、正徳が死亡したことについて、前記医療契約上の債務不履行責任を負う。

2  不法行為責任

右(一)記載の事実によれば、正徳の死亡について、石飛、福地両医師に不法行為上の過失があつたことは明らかであり、前出甲第七、八号証および当事者間に争いのない事実によれば、被告が石飛、福地両医師の使用者であり、両医師は被告の事業の執行のため前記医療行為に携つたことが認められるから、被告は、正徳の死亡による損害について民法七一五条により賠償する責任を負う。

四損害

1  正徳の逸失利益

正徳が死亡当時四七歳の歯科医師であつたことは当事者間に争いがなく、厚生省発表の昭和五〇年度簡易生命表によれば、同人は死亡当時28.20年の平均余命を有していたことが認められる。しかし、同人の職業が歯科医師という人の生命・身体にかかわる職業であり、かつ、かなりの重労働を必要とする職業でもあることを考慮すると、その余命年数全部にわたつて就労可能であると解することはできず、その稼働年数は満七〇歳に至るまでの二三年間であると認められる。〈証拠〉によれば、正徳の昭和四九年度(死亡の前年度)における年間所得は一三三〇万三五三三円であると認められ、(自由診療にかかわる必要経費については別段の立証がない限り租税特別措置法二六条所定の割合であると推認すべきであるところ、本件全証拠によつてもこの点の立証があるとは認められない。)生活費としては正徳の前記年間所得の三〇パーセントが相当である。そして、右認定事実をともに年別ホフマン式計算(ホフマン係数15.04517927)により正徳の逸失利益を算定すると一億四〇一〇万七八二七円(端数切捨、以下同じ)となる。

2  過失相殺

〈証拠〉によれば、正徳は歯科医師であり、かつ、過去にふぐの肝を食べてふぐ中毒になつた経験からふぐの肝を食べればふぐ中毒になる虞れがあることを十分認識していたにもかかわらず、有限会社グランドホテル山朝側の人々に対し、ふぐ肝を出すよう強く要求してこれを提供させた結果ふぐ中毒に罹患したことが認められ、これによれば、正徳には損害発生について重大な過失があつたといえるが、他方被告は医療過誤を通じて同人の損害発生に寄与したものであつて、正徳が右医療を受けるにつき、人工呼吸の必要性を訴え帰宅を拒む程の本件担当医師以上の医学的知識を有していたとは推認できないから、正徳の過失と被告の医療過誤との間には相当因果関係に立つ共同競合の関係がないと一応考えうるようでもある。しかしながら有限会社グランドホテルと被告とは明らかに共同不法行為の関係にあるとみられ、前者と正徳との間に過失相殺関係が認められるときは、過失相殺のもつ、公平維持の調停的機能に照らし、後者と正徳と間にも、これと同様の過失相殺関係を認めるべきであつて、もしそうでなければ損害発生に寄与するところのより多い、加害者側が過失相殺による賠償額の減額を受け、寄与率が低く、これに後日求償しうる立場の第二加害者側が全額賠償を強いられ、後日の求償が事実上不能になるという不公平をもたらすことになりかねないから結局正徳の被告に対する過失割合は六割であると認められる。よつて、前記逸失利益につき過失相殺をすると、五六〇四万三一三〇円となる。

3  正徳の慰藉料

正徳が死亡当時四七歳の歯科医師であつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、死亡当時正徳には妻と学生である子供二人の三人がおり、正徳が一家の主柱として働いていたことが認められるところ、正徳にも前記のとおり過失があることを考慮すると同人の死亡による慰藉料は六〇〇万円が相当である。

4  損益相殺

被告は、正徳が将来負担すべきであつた各種税金および正徳の死亡によつて原告らが受け取つた保険金を正徳の損害から控除するべきである旨主張するが、これはいずれも同人の損害から控除すべき費目とは認められない。〈以下、省略〉

(岡村旦 将積良子 小林正)

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